🏭 何を作れば豊かになるのか — 工場の無い東京、沖縄、トヨタと愛知、石油の国とアメリカ
都道府県別の時価総額1位の企業マップを入口に、日本の産業を全部並べ直した。1人あたりでいちばん稼ぐ産業は、日本の労働者の0.4%しか雇っていない。工場の量と豊かさは今も連動するが、東京だけが例外だった。世界を見ると、最大の産油国はアメリカで、しかも石油はそのGDPの0.61%しかない。
まず答え — 何を作れば豊かになるのか
この記事は、あなたが送ってきた「都道府県別 時価総額1位の企業マップ」(2026年9月10日終値ベース)から始める。
47都道府県のうち37県で、その県でいちばん大きい上場企業は地方銀行だった。つまりその37県には、銀行より大きい上場企業が1つも無い。
愛知県の1位はトヨタ自動車で時価総額43兆円。沖縄県の1位は沖縄セルラー電話で3,914億円。長崎県の1位はCross E ホールディングスで26億円。同じ「その県でいちばん大きい企業」でも、規模はまったく違う。
この差はどこから来るのか。この記事はそれを、県ごと・産業ごと・国ごとに数字で辿る。
2.68倍
東京は沖縄の何倍豊かか
12.5倍
稼ぐ産業と稼げない産業の差
0.4%
一番稼ぐ2産業の雇用シェア
26.1%
世界GDPに占める米国の割合
19.2%
世界の原油生産の米国シェア
0.61%
米国GDPに占める石油の割合
さきに、この記事で出てくる6つの言葉
付加価値
県民所得
1人当たり県民所得
時価総額
財政力指数
兆・億の関係
答えの1行
1人あたりでいちばん稼ぐ産業は、たいてい人を雇わない。だから地域や国を豊かにするのは「1人あたりの稼ぎ×雇える人数」の掛け算である。
たとえば電気・ガス・水道を作る仕事は、働く人1人あたり1,963万円を生み出す。これは日本の産業の中でいちばん高い。しかしこの産業で働く人は全国でたった20万人しかいない。掛け算しても、日本全体を支えるほどの金額にはならない。
逆に自動車づくりは、1人あたりでは1,908万円と電気・ガス・水道よりやや低い。しかし働く人が106.8万人もいる。1人あたりは少し低くても、人数をかけると日本の製造業でいちばん大きな金額(20.4兆円)になる。愛知県が豊かなのは、これが理由である。
産業別 1人あたりの稼ぎ(上位5・下位3。全17産業中)
| 産業 | 1人あたり(万円) | 働く人(万人) |
|---|---|---|
| 電気・ガス・水道 | 1,963 | 20 |
| 鉱業 | 1,692 | 2 |
| 金融・保険業 | 1,200 | 151 |
| 学術研究・専門技術サービス業 | 1,063 | 210 |
| 情報通信業 | 1,003 | 201 |
| 宿泊業・飲食サービス業 | 157 | 426 |
| 生活関連サービス業・娯楽業 | 253 | 201 |
| 農林漁業 | 272 | 44 |
47都道府県の豊かさランキング(上位10・下位10)
| 順位 | 都道府県 | 1人あたり県民所得(万円) |
|---|---|---|
| 1 | 東京都 | 603.7 |
| 2 | 愛知県 | 381.9 |
| 3 | 茨城県 | 348.1 |
| 4 | 静岡県 | 347.8 |
| 5 | 群馬県 | 346.7 |
| 6 | 栃木県 | 343.5 |
| 7 | 和歌山県 | 337.5 |
| 8 | 山梨県 | 336.2 |
| 9 | 富山県 | 334.7 |
| 10 | 滋賀県 | 329.2 |
| 38 | 奈良県 | 275.7 |
| 39 | 鹿児島県 | 272.2 |
| 40 | 岩手県 | 270.9 |
| 41 | 青森県 | 270.4 |
| 42 | 高知県 | 270.3 |
| 43 | 長崎県 | 257.0 |
| 44 | 岡山県 | 255.3 |
| 45 | 鳥取県 | 249.1 |
| 46 | 宮崎県 | 245.3 |
| 47 | 沖縄県 | 224.9 |
11位〜37位の27県は省略した。全国47都道府県の単純平均は308.4万円である。
3つの問いへの答え
→ この図は横にスクロールできます
1人あたりの稼ぎが高い産業は、たいてい人を雇わない。だから地域や国の豊かさは、掛け算の結果で決まる。
2つ目の問い:工場が無い東京はなぜ1位なのか
1つ目の問い:でけえ工場があれば豊かになるのか
でけえ工場があれば豊かになるか → 今も効く。ただし東京だけが例外。
- 工場の多い県ほど豊かという関係は今もある
- 東京を除くとはっきり見える
- 愛知は工場の出荷額でも県民所得でも上位に入る
3つ目の問い:石油の国より、なぜアメリカが豊かなのか
工場が無い東京はなぜ豊かか → 給料ではなく、企業の儲けが東京に集まるから。
- 東京の工場の量は全国で下から2番目(沖縄の次に少ない)
- 全国平均より258.8万円多い所得のうち、企業の儲けが155.6万円で6割を占める
- ただし給料も全国平均より28%高い
石油の国より、なぜアメリカが豊かか → アメリカは世界最大の産油国。でも石油はGDPの0.61%しかない。
- 世界の原油の19.2%をアメリカが生産している(サウジアラビアの1.66倍)
- それでも石油はアメリカのGDPのわずか0.61%
- 石油に頼る国ほど、1人あたりの豊かさはむしろ低い
この記事で分かること
第2章 豊かさの物差し
第3章 日本の産業を全部並べる
第4章 でけえ工場は今も効くか
第5章 売上がでかくても豊かにならない
第6章 企業城下町カタログ
第7章 1社が村を変える
第8章 東京はなぜ工場が無いのに1位か
第9章 沖縄はなぜ低いのか
第10章 世界:合計GDPと1人あたり
第11章 石油の答え合わせ
第12章 ソフトウェアとAIは何人で稼ぐか
第13章 スイスの時計とフランスのブランド
次の第2章では、この記事で使う「1人あたり県民所得」という数字が、実は年収ではないことを確認する。
豊かさの物差し — この記事の数字の読み方
このセクションの3点
① 「1人当たり県民所得」は、県民の平均年収ではありません。赤ちゃんも含めた県の全人口で割った数字です
② 「付加価値」とは、売上から仕入れを引いた、その会社が新しく生み出した分のことです
③ 売上が大きい産業=豊かな産業、とは限りません。この記事で繰り返し出てくる注意点です
この記事では「1人当たり県民所得」「付加価値」という言葉が何度も出てきます。どちらも普段の生活ではあまり聞かない言葉なので、先に定義をはっきりさせておきます。
結論から言うと、「1人当たり県民所得」は、その県で働いている人の平均年収ではありません。赤ちゃんからお年寄りまで、働いていない人も含めた県の全人口で割った数字です。
もう1つ大事なのが「付加価値」です。付加価値とは、売上から仕入れ(原材料や部品、外部への委託費など)を引いた金額のことです。会社が外から買ってきたものをそのまま右から左に流しただけでは、何も新しく生み出していません。仕入れを引いた残りの部分だけが、その会社が本当に生み出した価値です。
この残りの部分から、働く人の給料や、会社の利益、税金などが支払われます。だから国や県の豊かさを測るときは、売上の合計ではなく付加価値の合計を使います。
売上が大きくても、仕入れも同じくらい大きければ、付加価値はほとんど残りません。この記事の後半(Section 5)で、売上は業界9位なのに付加価値がほぼ残っていない工場の実例が出てきます。ここで覚えておいてください。
付加価値
売上(生産額・出荷額)
県民所得
雇用者報酬
企業所得
財産所得
従業者(従業者数)
1人あたり
兆円と億円
経済センサス
GDP(国内総生産)
この章で覚えておくこと
①「1人当たり県民所得」は年収ではなく、県の全人口で割った数字。②「付加価値」は売上ではなく、そこから仕入れを引いた残り。この2つを混同すると、この先の章の数字がすべて読み違えられます。
→ 次のSection 3では、日本の産業を17種類すべて並べて、実際にどの産業がどれだけ稼いでいるかを見る。
業界規模 — 日本の産業を全部並べる
このセクションの3点
① 日本全体の付加価値合計は336.3兆円、働いている人は5,617万人
② 1人あたりが一番高い産業と一番低い産業では、12.5倍の差がある
③ 1人あたりが高い産業ほど、働いている人は少ない
336.3兆
付加価値合計(全国)
5,617万人
就業者数(全国)
12.5倍
1人あたり 最高と最低の差
0.4%
電気ガス水道+鉱業の雇用シェア
| 産業 | 従業者(万人) | 付加価値(兆円) | 1人あたり(万円) | シェア |
|---|---|---|---|---|
| 医療,福祉 | 793 | 72.8 | 917 | 21.6% |
| 製造業 | 916 | 55.1 | 602 | 16.4% |
| 卸売業,小売業 | 1,122 | 54.3 | 484 | 16.2% |
| 建設業 | 366 | 23.6 | 644 | 7.0% |
| 学術研究,専門・技術サービス業 | 210 | 22.3 | 1,063 | 6.6% |
| 情報通信業 | 201 | 20.1 | 1,003 | 6.0% |
| サービス業(他に分類されないもの) | 456 | 18.4 | 402 | 5.5% |
| 金融業,保険業 | 151 | 18.2 | 1,200 | 5.4% |
| 運輸業,郵便業 | 321 | 12.9 | 401 | 3.8% |
| 不動産業,物品賃貸業 | 156 | 12.0 | 771 | 3.6% |
| 教育,学習支援業 | 188 | 7.1 | 375 | 2.1% |
| 宿泊業,飲食サービス業 | 426 | 6.7 | 157 | 2.0% |
| 生活関連サービス業,娯楽業 | 201 | 5.1 | 253 | 1.5% |
| 電気・ガス・熱供給・水道業 | 20 | 3.8 | 1,963 | 1.1% |
| 複合サービス事業 | 43 | 2.4 | 549 | 0.7% |
| 農林漁業 | 44 | 1.2 | 272 | 0.4% |
| 鉱業,採石業,砂利採取業 | 2 | 0.3 | 1,692 | 0.1% |
793万人
916万人
1,122万人
366万人
210万人
201万人
456万人
151万人
321万人
156万人
188万人
426万人
201万人
20万人
43万人
44万人
2万人
総務省・経済産業省「令和3年経済センサス‐活動調査」
20万人しか雇っていない
2万人しか雇っていない
151万人
210万人
201万人
793万人
156万人
366万人
916万人
43万人
1,122万人
456万人
321万人
188万人
44万人
201万人
426万人を雇う最下位
同じ資料の1人あたり数値。働く人数が少ない産業ほど1人あたりは高く出やすい
2本のグラフを見比べると、面白いことが分かります。1人あたりが高い産業ほど、雇っている人は少ないのです。
1人あたりが最も高いのは電気・ガス・熱供給・水道業の1,963万円、2位は鉱業の1,692万円。ところがこの2つを合わせても、働いている人はわずか22万人。日本全体の就業者5,617万人のうち、0.4%しかいません。付加価値の合計も4.1兆円で、全体のたった1.2%です。
逆に宿泊業・飲食サービス業は426万人を雇っていますが、付加価値は6.7兆円(全体の2.0%)しかなく、1人あたりは17産業の中で最も低い157万円です。
1人あたり最高(1,963万円)と最低(157万円)を比べると、12.5倍の差があります。
⚠この表を読むときの注意
・農林漁業の44万人は「事業所」を基準にした数字。個人で農業をしている人の多くはここに含まれておらず、実際に農業で生計を立てている人はもっと多い
・医療・福祉の1人あたり917万円という高さは、健康保険・介護保険といった公的な保険料や税金が原資になっている部分が大きい。自由な市場競争だけで稼いだ金額ではない
→ 次のSection 4では、この「1人あたりの高さ」が、県を豊かにする力につながるのかを、工場の多い県で確かめる。
でけえ工場は、今も効くのか
このセクションの3点
① 工場が多い県ほど豊か、という関係は今も成り立っている
② ただし東京都だけがこの関係に当てはまらない例外
③ 「連動している」だけで、「工場があるから豊かになる」という因果関係が証明されたわけではない
0.662
東京を除く46県の連動の強さ
774万円
愛知の出荷額/人(全国1位)
61万円
東京の出荷額/人(下から2番目)
35万円
沖縄の出荷額/人(最下位)
「むかしはでけえ工場があれば豊かになった。今もそうなのか」という問いに、先に結論を書きます。工場が多い県ほど豊か、という関係は今も成り立っています。ただし東京都だけが、この関係から外れる唯一の例外です。
ここで1つだけ注意してください。これから見る数字は「工場の多さ」と「県の豊かさ」が一緒に動いている、という連動を示しているだけです。「工場があるから豊かになった」という因果関係を証明したものではありません。工場がある県には、他にも様々な条件が重なっている可能性があります。
| 順位 | 県 | 製造品出荷額/人(万円) |
|---|---|---|
| 上位1位 | 愛知県 | 774 |
| 上位2位 | 三重県 | 707 |
| 上位3位 | 滋賀県 | 652 |
| 上位4位 | 山口県 | 592 |
| 上位5位 | 静岡県 | 552 |
| 上位6位 | 群馬県 | 530 |
| 上位7位 | 茨城県 | 528 |
| 上位8位 | 栃木県 | 518 |
| 上位9位 | 岡山県 | 516 |
| 上位10位 | 大分県 | 514 |
| 下位1位(全国最下位) | 沖縄県 | 35 |
| 下位2位 | 東京都 | 61 |
| 下位3位 | 高知県 | 97 |
| 下位4位 | 北海道 | 132 |
| 下位5位 | 青森県 | 143 |
| 下位6位 | 長崎県 | 144 |
東京都(61万円)は、沖縄県の次に工場が無い県です。それでも1人当たり県民所得は603.7万円で全国1位、沖縄県(224.9万円)の2.68倍あります。これがこの記事の中心にある謎で、後の章で詳しく扱います。
相関係数の中身(気になる人だけ) 統計の詳細・読み飛ばしても本筋は分かる 開く ▾
相関係数は、2つの数字がどれだけ一緒に動くかを-1から+1で表した指標です。0に近いほど関係が弱く、1に近いほど強く連動しています。
| 比較 | 相関係数r |
|---|---|
| 全47都道府県: 製造品出荷額/人 と 県民所得 | 0.191 |
| 東京を除く46県: 製造品出荷額/人 と 県民所得 | 0.662 |
| 東京を除く46県: 製造業付加価値/人 と 県民所得 | 0.750 |
全47都道府県で見ると0.191と弱いのですが、東京都を除いた46県だけで見ると0.662まで強くなります。「東京を外したら都合よく関係が作れたのではないか」を確かめるため、2つの方法で検算しました。
| 指標 | 全47県 | 東京を除く46県 |
|---|---|---|
| Pearson相関(値そのもの) | 0.191 | 0.662 |
| Spearman相関(順位。外れ値に強い) | 0.567 | 0.666 |
外れ値に強い「順位」だけを見るSpearman相関では、東京を含めたままでも0.567という正の関係があります。つまり「工場がある県ほど豊か」という傾向は、東京を除かなくても成り立っています。
| 1県ずつ除いたときの変化 | rの変化 |
|---|---|
| 東京都を除く | +0.471 |
| 岡山県を除く | +0.031 |
| 大分県を除く | +0.013 |
| 鳥取県を除く | -0.018 |
| 沖縄県を除く | -0.049 |
| 愛知県を除く | -0.068 |
47都道府県を1つずつ除いて相関係数がどう変わるかを全パターン計算すると、東京都を除いたときの変化(+0.471)は、2番目に大きい岡山県(+0.031)の約15倍です。東京都だけが、他の県とは構造的に違うことがここから分かります。逆に愛知県を除くと相関は下がります。愛知県は「工場が多いほど豊か」という関係を支えている側の県です。東京を除くのは、関係を無理やり作るためではなく、東京だけが別の仕組みで豊かになっていることを分けて見るためです。
もう1つ気になる県があります。岡山県は出荷額/人が上位9位(516万円)と高いのに、1人当たり県民所得は44位(255.3万円)と低いのです。工場の売上が大きいからといって、県が豊かになるとは限らない実例で、次のSection 5で詳しく見ていきます。
→ 次のSection 5では、なぜ売上(出荷額)が大きくても豊かにならない工場があるのか、石油精製と岡山県の実例で確かめる。
売上がでかくても、豊かにならない工場がある
このセクションの3点
① 出荷額(売上)が大きくても、付加価値(会社の取り分)が薄い工場がある
② 石油製品・石炭製品製造業は出荷額が製造業9位の大きさなのに、付加価値率はわずか0.5%
③ 工場の大きさ(売上)と、地域を豊かにする力(付加価値)は別物
17.1兆円
石油製品の出荷額(製造業9位)
0.5%
その付加価値率
278万円
1人あたり(製造業で最下位)
44位
岡山の県民所得(出荷額は9位)
Section 4で、岡山県は出荷額/人が上位9位なのに、県民所得は44位という矛盾を見ました。この謎を解く鍵が「付加価値率」という数字です。
付加価値率とは、売上(出荷額)のうち何%が会社の取り分(付加価値)として残ったかを示す割合です。仕入れの値段が高ければ高いほど、この率は低くなります。
| 業種 | 従業者(万人) | 出荷額(兆円) | 付加価値(兆円) | 付加価値率 | 1人あたり(万円) |
|---|---|---|---|---|---|
| 製造業計 | 773 | 373.2 | 110.9 | 29.7% | 1,434 |
| 化学工業 | 39.8 | 33.4 | 12.0 | 35.9% | 3,007 |
| 飲料・たばこ・飼料 | 10.8 | 10.9 | 2.9 | 26.8% | 2,727 |
| 輸送用機械器具 | 106.8 | 79.8 | 20.4 | 25.5% | 1,908 |
| 鉄鋼業 | 21.8 | 23.8 | 4.0 | 16.8% | 1,844 |
| 非鉄金属 | 14.8 | 13.3 | 2.6 | 19.8% | 1,776 |
| 情報通信機械器具 | 10.6 | 6.2 | 1.7 | 28.1% | 1,642 |
| 電子部品・デバイス・電子回路 | 42.0 | 17.3 | 6.8 | 39.3% | 1,623 |
| 電気機械器具 | 50.1 | 21.8 | 7.4 | 33.9% | 1,474 |
| 食料品 | 112.3 | 33.0 | 10.6 | 32.0% | 941 |
| 繊維工業 | 22.7 | 4.0 | 1.5 | 38.9% | 681 |
| 石油製品・石炭製品 | 2.9 | 17.1 | 0.1 | 0.5% | 278 |
⚠この表はSection 3の産業大分類の表とは、調査年も定義も違うため混ぜて比べないでください。製造業計の1人あたりは、Section 3の表では602万円でしたが、こちらの表では1,434万円になっています。同じ「製造業」でも、集計の仕方が違うとこれだけ数字が変わります。この表は製造業の中だけを比べるために使ってください。
でけえ工場への最強の反例 — 石油製品・石炭製品製造業
・出荷額17.1兆円は、製造業の中で9番目の大きさ
・それなのに付加価値率はわずか0.5%
・1人あたり付加価値は278万円で、製造業の中で最下位
・原油を買う値段がほとんどを占めるため、「大きい工場」であることと「儲かる工場」であることは別
一方で、輸送用機械器具(自動車)は1人あたり1,908万円で製造業4位ですが、それだけではありません。106.8万人という多くの人を雇いながら、その高い1人あたりを掛け合わせた結果、付加価値の合計は20.4兆円で製造業の中で断トツの1位になっています。
これが「1人あたり×人数」の積が最強だった例です。トヨタと愛知県が豊かな理由の正体は、ここにあります。
ここで岡山県の謎に戻ります。岡山県は製造品出荷額/人が全国9位(516万円)と高い県です。しかし、その中身は水島コンビナート(石油・鉄鋼)が中心で、出荷額は大きくても付加価値は薄いのです。岡山県の製造業の付加価値/人は、わずか103万円しかありません。これは、この章で見た石油製品・石炭製品製造業の付加価値率0.5%が、県のレベルで現れた姿です。
工場の大きさと、豊かにする力は別物
出荷額(売上)がどれだけ大きくても、仕入れの値段が高ければ付加価値はほとんど残りません。「でけえ工場」があるかどうかではなく、「その工場がどれだけ付加価値を生み出しているか」を見なければ、地域が豊かになるかどうかは分かりません。
⚠留保: 0.5%という数字は極端な値です。原油価格の変動や、在庫の評価方法によって年ごとに変わりうる単年の数字であることに注意してください。
→ 次のSection 6では、1つの企業が丸ごと地域を支えている実例を、トヨタと愛知をはじめカタログにする。
企業城下町カタログ — トヨタと愛知のような例
このセクションの3点
① 愛知トヨタの時価総額(43兆6,974億円)は、長崎県1位企業(26億円)の約1万6,800倍
② 有名企業の城下町(23市町村)でも、財政力指数が1.0を超えるのは7つだけ
③ 「〇〇の会社」と呼ばれる7社のうち5社は、登記上の本社が東京都千代田区にある
依頼者が送ってきた地図(2026年9月10日終値ベース・Yahoo!ファイナンス)を見ると、47都道府県のうち37県で時価総額1位の企業が地方銀行だった。つまりその県には、銀行より大きい上場企業が1社も無い。
いちばん差が大きいのが愛知県と長崎県だ。愛知県の1位はトヨタ自動車で43兆6,974億円。長崎県の1位はCross E ホールディングスで26億円。43兆6,974億円を26億円で割ると、約1万6,800倍になる。
43.7兆円
愛知トヨタ
26億円
長崎1位企業
1.68万倍
倍率
37県
1位が地銀
この章で最初に見るのはトヨタと愛知県だ。愛知県の県内総生産(GDPの都道府県版)に占める製造業の割合は36.5%で、全国平均21.2%の1.72倍ある。愛知県の1人当たり県民所得は381.9万円で全国2位、製造品出荷額(工場が1年間に出荷した金額の合計)を人口で割った金額は774万円で全国1位だ。
トヨタ1社だけでなく、デンソー・アイシン・豊田自動織機といった系列部品メーカーが同じ県内に集まり、工場で働く人の数そのものが多い。これが、あとで見る「1人あたりが低くても、雇う人数で稼ぐ」という構造の、いちばん分かりやすい実例になる。
企業城下町カタログ — 23の市町村
「トヨタと愛知みたいな例をたくさん知りたい」というリクエストに応えて、有名企業の本拠地がある市町村を財政力指数(その市町村が自前の税収でどれだけ財政的に自立できているかを示す指数。詳しくは次のSectionで説明する)と人口つきで並べた。数字は総務省「地方財政状況調査」2022年度と、2020年国勢調査の人口。指数が高い順に並べてある。
| 企業 | 本拠地(市町村) | 財政力指数 | 人口 |
|---|---|---|---|
| オリエンタルランド | 千葉県浦安市 | 1.43 | 171,362人 |
| トヨタ関連 | 愛知県みよし市 | 1.32 | 61,952人 |
| トヨタ自動車 | 愛知県豊田市 | 1.31 | 422,330人 |
| 日本製鉄 | 愛知県東海市 | 1.26 | 113,787人 |
| デンソー・アイシン | 愛知県刈谷市 | 1.24 | 153,834人 |
| アイシン | 愛知県安城市 | 1.23 | 187,990人 |
| ファナック | 山梨県忍野村 | 1.05 | 9,237人 |
| TSMC(JASM) | 熊本県菊陽町 | 0.96 | 43,337人 |
| SUBARU | 群馬県太田市 | 0.95 | 223,014人 |
| キッコーマン | 千葉県野田市 | 0.82 | 152,638人 |
| マツダ | 広島県府中町 | 0.81 | 51,155人 |
| ヤマハ発動機 | 静岡県磐田市 | 0.80 | 166,672人 |
| 日立製作所 | 茨城県日立市 | 0.79 | 174,508人 |
| 村田製作所 | 京都府長岡京市 | 0.78 | 80,608人 |
| シマノ | 大阪府堺市 | 0.78 | 826,161人 |
| 東ソー | 山口県周南市 | 0.76 | 137,540人 |
| 日亜化学工業 | 徳島県阿南市 | 0.76 | 69,470人 |
| UBE | 山口県宇部市 | 0.71 | 162,570人 |
| コマツ | 石川県小松市 | 0.67 | 106,216人 |
| ファーストリテイリング(ユニクロ) | 山口県山口市 | 0.63 | 193,966人 |
| YKK | 富山県黒部市 | 0.63 | 39,638人 |
| 旭化成 | 宮崎県延岡市 | 0.50 | 118,394人 |
| TDK | 秋田県にかほ市 | 0.35 | 23,435人 |
有名企業の城下町でも、財政力指数1.0を超えるのは少ない
・23の市町村のうち、財政力指数が1.0を超えるのは7つだけ(浦安・みよし・豊田・東海・刈谷・安城・忍野村)
・旭化成の延岡市は0.50で全国756位、TDKのにかほ市は0.35で全国1,053位
・「大企業が1社あれば町が豊かになる」は、そのままでは成立しない
もう1つ、有価証券報告書(上場企業が毎年、金融庁に提出する義務がある、会社の数字と経営情報をまとめた公式書類)を1社ずつ確認して分かったことがある。地元で「〇〇の会社」と呼ばれる7社のうち、5社は登記上の本社が東京都千代田区にあった。
| 会社 | 登記上の本社 | 地域拠点 | 連結従業員数 | 連結売上高(百万円) |
|---|---|---|---|---|
| 日立製作所 | 東京都千代田区 | 茨城県日立市 | 287,901人 | 10,586,781 |
| 日本製鉄 | 東京都千代田区 | 岩手県釜石市・愛知県東海市 | 138,453人 | 10,063,216 |
| JFEスチール(JFE HD) | 東京都千代田区 | 岡山県倉敷市水島 | 61,628人 | 4,539,270 |
| 三菱重工業 | 東京都千代田区 | 長崎県長崎市 | 78,793人 | 4,974,168 |
| 旭化成 | 東京都千代田区 | 宮崎県延岡市 | 47,895人 | 3,074,505 |
| 東ソー | 山口県周南市(本社機能は東京) | 山口県周南市 | 14,850人 | 1,019,917 |
| UBE | 山口県宇部市(本社機能は東京) | 山口県宇部市 | 7,968人 | 462,343 |
伏線 — 会社の儲けはどこに記録されるか
日立市に日立製作所の工場があっても、日立製作所という会社そのものの登記上の本社は東京都千代田区にある。決算(1年間の儲けの記録)を発表するのも、本店として届け出ているのも千代田区だ。三菱重工業も同じで、長崎に造船所があっても登記上の本社は長崎ではなく千代田区にある。
唯一、東ソーとUBEだけは登記上の本店が地元(山口県)に残っている。ただしこの2社も、実際に経営陣がいる本社機能は東京に置いている。
「工場がある場所」と「会社の本社として届け出ている場所」は別物だという、この話はあとで、東京がなぜ工場が無いのに1位なのかを見るSectionにつながる。
地図に載らない巨人もいる。徳島県の時価総額1位は阿波銀行(3,976億円)だが、その徳島県阿南市には日亜化学工業という会社の本社がある。青色LEDを世界で最初に量産した会社として知られるが、非上場のため株式が売買されておらず、時価総額そのものが存在しない。公式サイトによれば従業員はグループ合計9,509人(2025年12月時点)。売上高は有価証券報告書を提出する義務が無いため、一次資料から確認できなかった。
「時価総額マップに載っていない=小さい会社」ではない。上場していないという理由だけで、地図から消えている会社がある。
次のSectionでは、この財政力指数という数字そのものを一から説明し、全国1,718市町村でいちばん高い自治体を見る。
1社が村を変える — 日本でいちばん豊かな村
このセクションの3点
① 財政力指数の全国1位は、人口4,575人の愛知県飛島村(2.02)。全国1,718団体で唯一2.0を超える
② 上位20市町村のうち、愛知県が6つ、原子力関連施設がある自治体が5つ
③ 指数が高いのは「人口が少なく、巨大な設備が1つある」自治体。自治体の財政の話であり、住民の所得の話ではない
財政力指数とは、市町村や都道府県が、自前の税収(住民税・固定資産税など)だけで、必要な行政サービスの費用をどれだけまかなえるかを示す数字だ。1.0を超えると、自前の税収だけで必要な経費をまかなえていることになり、国から配られる普通交付税(自治体どうしの財政力の差を埋めるために国が配るお金)をもらわずに済む。1.0未満なら、その分だけ国からの交付税に頼っている。
総務省「地方財政状況調査」の2022年度(令和4年度)のデータで、全国1,718の市町村を比べると、1.0を超える自治体は少数派だ。その中で最も高いのが、愛知県飛島村の2.02。全国で唯一2.0を超えている自治体になる。
2.02
飛島村1位
4,575人
飛島村の人口
1,718
全国の自治体数
1.0基準
超えると交付税0
飛島村は愛知県の南西、名古屋港の一部を占める村だ。臨海部には製鉄・自動車部品・物流施設が集まる工業地帯があり、人口はわずか4,575人(2020年国勢調査)。この少ない人口に対して、工場や設備にかかる固定資産税などの税収が大きいため、財政力指数が全国で唯一2.0を超える。
財政力指数トップ20
| 順位 | 自治体 | 人口 | 指数 | 何があるか |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 愛知県 飛島村 | 4,575人 | 2.02 | 名古屋港の臨海工業地帯 |
| 2 | 青森県 六ヶ所村 | 10,367人 | 1.62 | 核燃料サイクル施設 |
| 3 | 長野県 軽井沢町 | 19,188人 | 1.50 | 観光・別荘 |
| 4 | 北海道 泊村 | 1,569人 | 1.49 | 泊原発 |
| 5 | 東京都 武蔵野市 | 150,149人 | 1.48 | — |
| 6 | 福島県 大熊町 | 847人 | 1.46 | 福島第一原発の立地町 |
| 7 | 千葉県 浦安市 | 171,362人 | 1.43 | 東京ディズニーリゾート |
| 8 | 茨城県 東海村 | 37,891人 | 1.36 | 原子力施設 |
| 9 | 新潟県 刈羽村 | 4,380人 | 1.36 | 柏崎刈羽原発 |
| 10 | 茨城県 神栖市 | 95,454人 | 1.35 | 鹿島臨海工業地帯 |
| 11 | 神奈川県 箱根町 | 11,293人 | 1.33 | 観光 |
| 12 | 愛知県 みよし市 | 61,952人 | 1.32 | トヨタ関連 |
| 13 | 愛知県 豊田市 | 422,330人 | 1.31 | トヨタ自動車 |
| 14 | 大阪府 田尻町 | 8,434人 | 1.30 | 関西空港 |
| 15 | 千葉県 成田市 | 132,906人 | 1.29 | 成田空港 |
| 16 | 愛知県 東海市 | 113,787人 | 1.26 | 日本製鉄 |
| 17 | 愛知県 刈谷市 | 153,834人 | 1.24 | デンソー・アイシン |
| 18 | 三重県 川越町 | 15,123人 | 1.24 | 火力発電所 |
| 19 | 福岡県 苅田町 | 37,684人 | 1.24 | 日産・トヨタ関連 |
| 20 | 愛知県 安城市 | 187,990人 | 1.23 | アイシン |
上位20のうち、愛知県が6つ入っている(飛島村・みよし市・豊田市・東海市・刈谷市・安城市)。前のSectionで見たトヨタと系列部品メーカーが集まる地域が、そのまま財政力指数の上位にも並ぶ。
もう1つ目立つのが原子力関連の施設だ。上位20のうち5つが原子力関連(青森県六ヶ所村=核燃料サイクル施設、北海道泊村=泊原発、福島県大熊町=福島第一原発の立地町、茨城県東海村=原子力施設、新潟県刈羽村=柏崎刈羽原発)。人口の少ない自治体に、極めて大きな固定資産税収を生む施設が1つあるという意味では、「でけえ工場」のいちばん極端な形だと言える。
なぜ人口の少ない自治体ばかりなのか
観光でも指数は上がる。長野県軽井沢町(1.50)・神奈川県箱根町(1.33)は別荘やホテル・旅館からの税収が大きい。千葉県浦安市(1.43)は東京ディズニーリゾートが立地する。空港でも同じことが起きる。大阪府田尻町(1.30)は関西空港、千葉県成田市(1.29)は成田空港が立地する。
結論 — 分母が小さいから、1人あたりが上がる
財政力指数が高い自治体に共通するのは、人口が少なく、そこに巨大な設備(工場・原発・空港・観光施設)が1つあることだ。人口が少なければ、同じ税収でも1人あたりに割ったときの金額は大きくなる。これは記事の芯である「1人あたり×人数」のうち、分母(人数)が極端に小さいケースにあたる。あとで見る世界の話でいうと、人口約4万人のリヒテンシュタインが1人あたりGDP世界1位になる構造と同じだ。
この数字を読むときの2つの注意
・財政力指数は2022年度、人口は2020年国勢調査のデータで、年がそろっていない
・財政力指数が高い=住民1人ひとりが豊か、ではない。これは自治体という組織の財政が自立しているかどうかの話であって、そこに住む住民の所得の話ではない
・飛島村の財政力指数2.02は、村の予算の話。飛島村民の年収が全国一という意味ではない
財政力指数
普通交付税
地方財政状況調査
次のSectionでは、工場が無いのになぜ東京が1位なのかを見る。
東京はなぜ、工場が無いのに1位なのか
このセクションの3点
① 東京の製造品出荷額は1人あたり61万円で、沖縄(35万円)に次いで全国で2番目に低い。工場がないという点では、東京と沖縄はほぼ同じ。
② それなのに1人あたり県民所得は東京603.7万円、沖縄224.9万円で2.68倍の差がある。
③ 差の正体は、給料ではなく「企業の儲け」。東京が全国より多い258.8万円のうち60.1%は企業所得。ただし給料も全国平均より28%高いことは同時に押さえる。
「工場が無い」という一点では、東京と沖縄はほぼ同じ
東京都
工場が無い県2位
- ・製造品出荷額/人: 61万円(全国46位)
- ・製造業の雇用比率: 6.0%
- ・1人あたり県民所得: 603.7万円
沖縄県
工場が無い県1位
- ・製造品出荷額/人: 35万円(全国最下位)
- ・製造業の雇用比率: 5.7%
- ・1人あたり県民所得: 224.9万円
情報通信業
雇用者報酬
企業所得
財産所得
事業所単位
あん分
| 産業 | 全国 | 東京 | 沖縄 |
|---|---|---|---|
| 卸売業,小売業 | 20.0% | 20.8% | 20.8% |
| 製造業 | 16.3% | 6.0% | 5.7% |
| 情報通信業 | 3.6% | 12.0% | 2.6% |
| 金融業,保険業 | 2.7% | 4.9% | 2.3% |
雇用の顔ぶれでは、東京と沖縄は「製造業が無い」点でほぼ同じ
製造業で働く人の比率は、東京6.0%・沖縄5.7%でほとんど差が無い。東京だけが持っている特徴は情報通信業12.0%で、全国平均3.6%の3.3倍にあたる。
84.7兆円
東京の県民所得(全国の19.7%)
14.4%
雇用者報酬でみた東京のシェア
30.9%
企業所得でみた東京のシェア
+258.8万
東京が全国平均より多い1人あたり所得(万円)
| 雇用者報酬 | 財産所得 | 企業所得 | 合計 | |
|---|---|---|---|---|
| 全国(万円/人) | 231.7 | 24.5 | 88.7 | 344.9 |
| 東京都(万円/人) | 297.2 | 62.2 | 244.3 | 603.7 |
| 差(東京−全国) | +65.5 | +37.7 | +155.6 | +258.8 |
- 企業所得
60.1% 155.6万円
60.1% - 雇用者報酬
25.3% 65.5万円
25.3% - 財産所得
14.6% 37.7万円
14.6%
内閣府 県民経済計算 2022年度をもとに自前集計。
東京の1位は、給料ではなく企業の儲けで作られている
東京の県民所得84.7兆円は、全国の19.7%を占める。ところが中身を分けてみると、雇用者報酬でみたときの東京のシェアは14.4%しかない一方、企業所得でみたときのシェアは30.9%にのぼる。
1人あたりの金額でも同じ形が出る。東京が全国平均より多い258.8万円/人のうち、企業所得の差が155.6万円(60.1%)を占め、雇用者報酬の差(65.5万円・25.3%)や財産所得の差(37.7万円・14.6%)より大きい。
ただし、給料が安いわけではない。東京の雇用者報酬は全国平均より65.5万円(+28%)高い。東京の1位を作っているのは「企業の儲け」の比重が最も大きい、というのが正確な言い方で、「給料は関係ない」ではない。
ここから先は、この統計からは言えない
「東京が高いのは、本社機能が集まっているからだ」と言いたくなる。だが、この統計だけからそう言い切ることはできない。
総務省の経済センサスの原文には、こう書かれている。「事業所単位の付加価値額は、企業単位で把握した付加価値額を事業従事者数により傘下事業所にあん分することにより、全産業について集計した」。
つまり、同じ会社であれば、本社で働く人も、工場で働く人も、支店で働く人も、1人あたりの付加価値額は同じ数字になる。統計の作り方じたいが、本社と支店の中身のちがいを見えなくしている。
だから経済センサスから言えるのは、「東京には、1人あたり付加価値が高い会社に勤める人が多い」というところまでで、「本社が東京にあるからだ」とまでは、この統計だけでは言えない。
ただし、603.7万円という県民所得の数字は別の統計(県民経済計算)によるもので、こちらは企業所得を本社の所在地に計上するしくみになっている。前の項目で見た「企業所得の比重が大きい」という話は、この別の統計にもとづいているので、2つを混同しないでほしい。
| 産業 | 全国 | 東京 |
|---|---|---|
| 情報通信 | 4.7% | 11.6% |
| 金融保険 | 4.5% | 8.0% |
| 専門科学技術 | 8.7% | 12.3% |
| 製造業 | 21.2% | 7.3% |
31.9%
東京のGDPに占める3産業(金融・専門科学技術・情報通信)の合計
17.9%
同じ3産業の全国での合計
1人あたり1,000万円超の3産業に偏っている
金融保険(1人あたり1,200万円)・専門科学技術(1,063万円)・情報通信(1,003万円)は、いずれも1人あたり付加価値が1,000万円を超える産業だ。この3つだけで、東京のGDPの31.9%を占める。全国では17.9%なので、1.78倍の偏りがある。
東京は「工場が無いのに1位」だった。次の第9章では、同じく工場が無い沖縄が、なぜ逆に全国最下位になっているのかを見る。
沖縄はなぜ低いのか
このセクションの3点
① 沖縄の1人あたり県民所得は224.9万円で全国47位(最下位)。全国平均308.4万円の73%、東京(603.7万円)の2.68分の1しかない。
② 「観光の県だから貧しい」は成立しにくい。沖縄の雇用の単独トップは卸売・小売業20.8%で、東京と同率。宿泊・飲食は11.6%で全国の1.53倍だが、1位ではない。
③ 沖縄が全国より少ない120.0万円/人のうち、雇用者報酬の不足が58.2万円(48.5%)、企業所得の不足が56.2万円(46.8%)でほぼ半々。給料も企業の儲けも、両方足りない。
224.9万
沖縄の1人あたり県民所得(万円)
47位
全国47都道府県中の順位(最下位)
308.4万
全国47県の単純平均(万円)
2.68倍
東京(603.7万円)との差
卸売・小売業
宿泊・飲食サービス業
公務
シフトシェア分解
構成効果
県内効果
| 産業 | 全国 | 沖縄 | 東京 |
|---|---|---|---|
| 卸売業,小売業 | 20.0% | 20.8% | 20.8% |
| 宿泊業,飲食サービス業 | 7.6% | 11.6% | 7.0% |
| 製造業 | 16.3% | 5.7% | 6.0% |
| 医療,福祉 | 14.1% | 19.2% | 9.6% |
「観光の県だから」は成立しにくい
沖縄の雇用で単独トップなのは、宿泊・飲食サービス業ではなく卸売・小売業で20.8%。これは東京の20.8%と、比率としてはまったく同じだ。
宿泊・飲食サービス業は11.6%で、全国平均7.6%の1.53倍と確かに高い。ただし、雇用トップではない。製造業の比率は5.7%で、東京の6.0%とほとんど変わらない。
雇用している人の顔ぶれだけを見ると、沖縄と東京は「観光があるかないか」ほど大きくは違わない。
では、沖縄が全国より低いのは、いったい何のせいか。産業の組み合わせを計算に入れて分けてみると、沖縄が全国より239万円低いうち、産業の組み合わせで説明できるのは9万円だけだった。
📐 シフトシェア分解の詳しい数字と読み方 計算の中身・全数値・3つの留保 開く ▾
「シフトシェア分解」という計算をすると、1人あたり生産性の差を2つに分けられる。「産業の組み合わせがちがうことでどれだけ差が出るか(構成効果)」と、「同じ産業の中でも県ごとにどれだけ差が出るか(県内効果)」の2つだ。全国平均は事業従事者1人あたり599万円(2021年経済センサス・産業大分類17分類による自前計算)。
| 県 | 実績 | 全国平均 | 構成効果 | 県内効果 |
|---|---|---|---|---|
| 沖縄県 | 360万円 | 599万円 | -9万円 | -229万円 |
| 東京都 | 1,233万円 | 599万円 | +49万円 | +586万円 |
沖縄は全国より239万円低いが、そのうち産業構成のせいなのはわずか9万円(3.8%)。残りの229万円(95.8%)は「同じ産業の中でも生産性が低い」ことで説明される。
東京も同じ形をしている。全国より634万円高いうち、構成効果は+49万円(7.7%)だけで、+586万円(92.3%)は「県内効果」だ。
この数字には3つの留保がある
・産業大分類17分類という粗い分け方での計算。もっと細かく分ければ、構成効果はもっと大きく出る可能性がある(例: 大分類では沖縄も愛知も同じ「製造業」だが、中身は食料品と自動車で全く違う)。
・経済センサスは「事業所」単位の集計で、同じ会社なら本社も支店も1人あたりの値が同じになる(第8章で確認した通り)。「県内効果」の中身(事業所の規模・資本装備率・本社機能・県外資本の支店かどうか)を、この分解だけから特定することはできない。
・だから「沖縄が低いのは産業構成のせいではない」と言い切ることはできない。正確には「産業大分類17分類では説明できない」までしか言えない。
| 雇用者報酬 | 財産所得 | 企業所得 | 合計 | |
|---|---|---|---|---|
| 全国(万円/人) | 231.7 | 24.5 | 88.7 | 344.9 |
| 沖縄県(万円/人) | 173.5 | 18.8 | 32.5 | 224.9 |
| 差(沖縄−全国) | -58.2 | -5.6 | -56.2 | -120.0 |
- 雇用者報酬
48.5% 58.2万円
48.5% - 企業所得
46.8% 56.2万円
46.8% - 財産所得
4.7% 5.6万円
4.7%
内閣府 県民経済計算 2022年度をもとに自前集計。値は不足額の絶対値。
沖縄は、給料も、企業の儲けも、両方足りない
沖縄が全国平均より少ない120.0万円/人のうち、雇用者報酬の不足が58.2万円(48.5%)、企業所得の不足が56.2万円(46.8%)で、ほぼ半々だ。
第8章で見た東京は、「企業の儲け」の差が突出して大きかった(60.1%)。沖縄はそうではなく、給料の不足と企業の儲けの不足が、同じくらいの重さでのしかかっている。
| 産業 | 全国 | 沖縄 |
|---|---|---|
| 公務 | 4.4% | 9.8% |
| 建設業 | 5.2% | 8.9% |
| 宿泊飲食 | 1.7% | 3.7% |
| 製造業 | 21.2% | 4.0% |
GDPの構成では、公務と建設が全国より目立つ
沖縄のGDPに占める公務の比率は9.8%で、全国平均4.4%の2.2倍。建設業は8.9%で、全国平均5.2%の1.7倍にあたる。宿泊飲食はGDPシェアでは3.7%で、雇用の比率(11.6%)ほど大きくは見えない。付加価値が低い産業は、雇用の人数が多くてもGDPシェアには小さく出る。
沖縄の1人あたり県民所得は、2011年の203.4万円から2022年には224.9万円まで、11年間で+10.6%増えた。ただし、同じ期間に他の46都道府県がどれだけ伸びたかを比較できるデータは、この記事の手元には無い。沖縄の伸びが47県の中で高いのか低いのかは、ここでは判定しない。
東京と沖縄、どちらも工場が無い点は同じなのに、豊かさは正反対だった。次の第10章では、視点を世界に移し、「合計GDPで世界一」のアメリカの正体を見る。
世界 — 合計で見るか、1人あたりで見るか
このセクションの3点
① 依頼の「世界で一番豊かなんはアメリカ」は、合計GDPで見れば完全に正しい。世界118.0兆ドルの26.1%を1国で占める
② ただし1人あたりGDPで見るとアメリカは8位。1位はリヒテンシュタイン(人口約4万人)
③ アメリカが強いのは、1人あたりでも人口でも世界一ではないのに、両方でそこそこ上位を取り、掛け算(積)で圧勝しているから
答えは2つある。どちらも正しい
「世界で一番豊かなんはアメリカやろが」——この問いには、実は答えが2つある。国の経済を合計した金額で比べれば、アメリカが断トツの1位である。世界中の国のGDP(国内総生産。1年間にその国で新しく生み出された物やサービスの金額の合計)を足すと118.0兆ドルになるが、そのうち26.1%、4分の1以上をアメリカ1国が占めている。2位の中国(16.6%)の1.6倍近い。
ところが国民1人あたりで割ると、アメリカは世界8位まで下がる。1位はヨーロッパの小国リヒテンシュタイン(1人あたり217,928ドル)で、アメリカの89,991ドルの2.4倍にもなる。合計では見えなかった順位が、1人あたりに直すと総入れ替えになる。
| 合計順位 | 国 | 合計GDP(十億ドル) | 世界シェア | 1人あたり(ドル) | 1人あたり順位 | 人口 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | アメリカ | 30,767 | 26.1% | 89,991 | 8位 | 3.42億人 |
| 2 | 中国 | 19,626 | 16.6% | 13,968 | 76位 | 14.05億人 |
| 3 | ドイツ | 5,048 | 4.3% | 60,439 | 18位 | 0.84億人 |
| 4 | 日本 | 4,435 | 3.8% | 35,973 | 38位 | 1.23億人 |
| 5 | イギリス | 4,003 | 3.4% | 57,608 | 20位 | 0.69億人 |
| 6 | インド | 3,916 | 3.3% | 2,675 | 148位 | 14.64億人 |
| 7 | フランス | 3,369 | 2.9% | 48,930 | 27位 | 0.69億人 |
| 19 | サウジアラビア | 1,277 | 1.1% | 35,464 | 40位 | 0.36億人 |
| 20 | スイス | 1,044 | 0.9% | 115,620 | 4位 | 0.09億人 |
| 24 | アイルランド | 718 | 0.6% | 130,652 | 3位 | 0.055億人 |
| 75 | ルクセンブルク | 101 | 0.09% | 148,247 | 2位 | 0.007億人 |
| 152 | リヒテンシュタイン | 9 | 0.01% | 217,928 | 1位 | 約4万人 |
1人あたり8位
1人あたり76位
1人あたり18位
1人あたり38位
1人あたり20位
1人あたり148位
1人あたり27位
1人あたり40位
1人あたり4位
1人あたり3位
1人あたり2位
1人あたり1位
IMF World Economic Outlook・2025年の推計値。本記事で数値が取れた12カ国のみを並べたもので、世界193カ国全体の上位10ではない
合計152位
合計75位
合計24位
合計20位
合計1位
合計3位
合計5位
合計7位
合計4位
合計19位
合計2位
合計6位
同じ12カ国を1人あたりGDPで並べ直したもの。sub欄の「合計◯位」と見比べると、位置が総入れ替えになっているのが分かる
同じ世界を、どちらの物差しで見るか
合計で見た世界
国の経済規模。積の「人数」側が効く
- ・1位はアメリカ。世界の26.1%を1国で占める
- ・2位は中国、3位はドイツ、4位は日本
- ・人口が多い国ほど有利になりやすい(中国14.05億人・インド14.64億人)
- ・依頼の「世界で一番豊かなんはアメリカ」はこちらの意味で完全に正しい
1人あたりで見た世界
国民1人の豊かさ。積の「単価」側が効く
- ・1位はリヒテンシュタイン。人口は約4万人しかいない
- ・アメリカは8位まで下がる
- ・人口が少ない国ほど1人あたりは目立ちやすい
- ・この物差しだけで見ると「国を丸ごと豊かにする力」は分からない
アメリカが強い本当の理由
アメリカは1人あたりでも世界一ではなく、人口でも世界一ではない(人口は中国14.05億人・インド14.64億人のほうが多い)。1人あたりでそこそこ上位(8位)、人口でもそこそこ多い(3.42億人)。その掛け算=積で、圧倒的な合計1位を作っている。これが、この記事の芯「1人あたり付加価値 × 雇える人数(人口)の積」の、世界規模での実例になる。
GDP(国内総生産)
合計GDP
1人あたりGDP
世界シェア
IMF
WEO
推計値
人口
積(せき)
この章の数字を読むときの注意
・2025年の数字はIMF World Economic Outlookの推計値。確定した実績値ではなく、後で修正されうる
・合計GDPと1人あたりGDPは、どちらも「正しい」物差し。片方だけで「豊かさ」を語ると見誤る
・この表に載っているのは仕様書に数値がある12カ国のみ。世界193カ国の完全な順位表ではない
→ 次のSection 11では、石油に答え合わせをする。世界最大の産油国はどこか。そして石油はアメリカの豊かさの何%を作っているのか。
石油の答え合わせ — 世界最大の産油国はアメリカ
このセクションの3点
① 世界最大の産油国はアメリカ(2025年・世界シェア19.2%)。2位サウジアラビアの1.66倍を1国で生産している
② それなのに石油はアメリカのGDPのわずか0.61%しか作っていない。アメリカが豊かなのは石油のおかげではない
③ 逆に、石油への依存度が高い国ほど1人あたりGDPは低い方に集まる(因果ではなく、そう見える関係)
前提を1つ壊す。世界最大の産油国はアメリカ
「石油を生産している国が沢山あるのに、世界で一番豊かなのはアメリカ」——この問いの前提から、まず1つ壊れる。2025年、世界で最も原油を生産している国はアメリカである。世界の原油生産の19.2%をアメリカ1国が生産していて、これはサウジアラビア(11.5%)の1.66倍にあたる。「産油国はアメリカ以外の中東諸国」というイメージ自体が、もう実態と合っていない。
| 順位 | 国 | 生産量(TWh) | 世界シェア |
|---|---|---|---|
| 1 | アメリカ | 10,350 | 19.2% |
| 2 | サウジアラビア | 6,232 | 11.5% |
| 3 | ロシア | 6,085 | 11.3% |
| 4 | カナダ | 3,514 | 6.5% |
| 5 | イラン | 2,816 | 5.2% |
| 6 | 中国 | 2,513 | 4.7% |
| 7 | イラク | 2,496 | 4.6% |
| 8 | ブラジル | 2,367 | 4.4% |
| 9 | UAE | 2,199 | 4.1% |
| 10 | クウェート | 1,566 | 2.9% |
| 12 | ノルウェー | 1,119 | 2.1% |
それでも、石油はアメリカのGDPの0.61%しかない
ここで2つ目の前提が壊れる。世界最大の産油国であるにもかかわらず、石油(石油レント)がアメリカのGDPに占める割合は、わずか0.61%しかない(世界銀行・2021年)。石油レントとは、原油を売った金額から、掘り出すためにかかったコストを引いた「純粋なもうけ」の部分がGDPの何%を占めるかを表す指標である。アメリカは世界一たくさん石油を掘っているが、経済全体で見ると石油はほとんど誤差の範囲でしかない。アメリカが豊かなのは、石油のおかげではない。
石油レント÷GDP と 1人あたりGDPを、国ごとに年を揃えて並べる
石油レント比率は世界銀行のデータで、多くの国が2021年、クウェートだけ2020年(世界銀行の公表上、直近で取れる年が国によって違う)。1人あたりGDPはIMFの2025年推計値。2つの数字は年がずれているので、同じ年の実績同士を比べたグラフではなく、「依存度の高い国ほど、その後も豊かになりにくい傾向がある」というおおまかな関係として読むこと。
| 国 | 石油レント÷GDP | 年 | 1人あたりGDP(2025年推計・ドル) |
|---|---|---|---|
| リビア | 56.4% | 2021年 | 5,999 |
| イラク | 42.8% | 2021年 | 5,803 |
| コンゴ共和国 | 34.4% | 2021年 | 2,404 |
| アンゴラ | 28.3% | 2021年 | 3,614 |
| クウェート | 27.6% | 2020年 | 30,877 |
| サウジアラビア | 23.7% | 2021年 | 35,464 |
| オマーン | 23.5% | 2021年 | 19,996 |
| UAE | 15.7% | 2021年 | 50,232 |
| カタール | 15.3% | 2021年 | 69,680 |
| ナイジェリア | 6.2% | 2021年 | 1,223 |
| ノルウェー | 6.1% | 2021年 | 94,468 |
| アメリカ | 0.61% | 2021年 | 89,991 |
| 日本 | 0.00% | 2021年 | 35,973 |
5,999ドル
5,803ドル
2,404ドル
3,614ドル
30,877ドル
35,464ドル
19,996ドル
50,232ドル
69,680ドル
1,223ドル
94,468ドル
89,991ドル
35,973ドル
sub欄は1人あたりGDP(2025年推計・ドル)。レント比率は2021年(クウェートのみ2020年)。年がずれた2つの数字を重ねたグラフで、因果ではなく「そう見える関係」として読む
石油に頼っている国と、頼っていない国
石油依存が高い国
GDPの2〜5割以上を石油が占める
- ・リビア:56.4%(2021年)→ 1人あたり5,999ドル
- ・イラク:42.8%(2021年)→ 1人あたり5,803ドル
- ・コンゴ共和国:34.4%(2021年)→ 1人あたり2,404ドル
石油依存が低い国
GDPの1%未満しか石油が占めない
- ・日本:0.00%(2021年)→ 1人あたり35,973ドル
- ・アメリカ:0.61%(2021年)→ 1人あたり89,991ドル
- ・ノルウェーだけは例外で、産油国だがレント比率は6.1%と低く、1人あたり94,468ドル
石油に頼っている国のほとんどは、1人あたりGDPで日本(35,973ドル)に届かない。仕様書で確認できた石油依存の上位13カ国のうち、日本を上回るのはUAE(50,232ドル)とカタール(69,680ドル)の2つだけで、産油国の代表格であるサウジアラビア(35,464ドル)でさえ日本を下回る。唯一の例外がノルウェーで、石油を輸出しながらもレント比率は6.1%(依存度としては低い方)に抑え、1人あたり94,468ドルとアメリカを上回る。
「資源の呪い」という言葉を使うなら、仮説だと明記する
・この章の表は「石油への依存度が高い国ほど1人あたりGDPが低い」という関係が見える、というだけで、石油があるから貧しくなるという因果を証明したものではない
・「資源の呪い(石油や鉱物などの資源が豊富な国ほど、かえって経済成長が遅れるという考え方)」は経済学で議論されてきた仮説の1つであり、確定した法則ではない
・石油レント比率は2021年(クウェートのみ2020年)、1人あたりGDPは2025年推計と、年がずれた2つの数字を重ねている
・石油生産量のデータはOur World in Data経由の再配布データで、原典はEnergy Institute Statistical Review of World Energy
産油国
石油レント
TWh(テラワット時)
世界銀行
Our World in Data
資源の呪い(仮説)
→ 次のSection 12では、ソフトウェアとAIが「何人で、いくら稼いでいるか」を見る。石油と同じく1人あたりが高く雇用が少ない産業が、なぜアメリカを豊かにしているのかを確かめる。
ソフトウェアとAIは、何人で何を稼ぐか
このセクションの3点
① 従業員1人あたりの売上でみると、石油(サウジアラムコ・エクソンモービル)とAI(NVIDIA)が世界のトップ3を占めている
② NVIDIAはトヨタ自動車の約9分の1の人数(42,000人 vs 390,927人)で、時価総額は約19.4倍にふくらんでいる
③ 日本にも1人あたりの高い会社(任天堂・キーエンス・ファナック)はあるが、時価総額も従業員数もアメリカ勢とは桁が違う
石油とAIが、1人あたり売上の双璧
第11章で見た石油と同じように、ソフトウェアやAIの会社も「1人あたり」で測ると圧倒的に強い。世界の主要企業を、従業員1人あたりの売上高(会社の売上高を従業員数で割った数字。1人がどれだけの売上を生み出しているかの目安)で並べると、1位サウジアラムコ(石油)5,813.1千ドル、2位エクソンモービル(石油)5,738.1千ドル、3位NVIDIA(AI向け半導体)5,141.4千ドルという順位になる。石油会社の次に来るのが、工場をほとんど持たない半導体設計会社だという点が、この章の入り口である。
| 企業 | 従業員数 | 1人あたり売上(千ドル) | 時価総額(百万ドル) |
|---|---|---|---|
| Saudi Aramco | 76,664 | 5,813.1 | 1,658,667 |
| ExxonMobil | 57,900 | 5,738.1 | 688,020 |
| NVIDIA | 42,000 | 5,141.4 | 5,260,789 |
| Meta | 78,865 | 2,548.2 | 1,639,228 |
| Apple | 166,000 | 2,507.0 | 4,849,208 |
| Alphabet | 190,820 | 2,111.1 | 4,091,788 |
| Broadcom | 33,000 | 1,936.0 | 1,728,006 |
| 任天堂 | 8,666 | 1,637.5 | 65,295 |
| Microsoft | 223,000 | 1,488.1 | 3,680,323 |
| TSMC | 90,557 | 1,341.1 | 1,950,000 |
| トヨタ自動車 | 390,927 | 795.4 | 270,858 |
| Hermès | 26,494 | 709.7 | 170,880 |
| Richemont | 39,601 | 650.9 | 124,900 |
| 信越化学 | 27,342 | 577.5 | 70,023 |
| キーエンス | 12,784 | 561.1 | 113,338 |
| ファナック | 10,040 | 524.2 | 34,807 |
| LVMH | 211,000超 | 450.0 | 235,720 |
| Kering | 44,000 | 391.9 | 33,920 |
| Swatch Group | 31,796 | 249.2 | 11,370 |
| 村田製作所 | 74,302 | 151.2 | 86,312 |
NVIDIAはトヨタの9分の1の人数で、時価総額は19.4倍
この表でいちばん分かりやすい対比が、NVIDIAとトヨタ自動車である。NVIDIAの従業員数は42,000人。トヨタ自動車は390,927人で、トヨタはNVIDIAの約9.3倍の人を雇っている。ところが時価総額(株式市場が会社全体に付けている値段)は、NVIDIAが5,260,789百万ドル、トヨタが270,858百万ドルで、NVIDIAの方が約19.4倍大きい。第3章・第5章で見た「1人あたりが高い産業は、たいてい人を雇わない」という記事の芯が、ここでも同じ形で現れている。
42,000人のNVIDIAと、390,927人のトヨタ
NVIDIA
AI向け半導体設計
- ・従業員42,000人
- ・1人あたり売上5,141.4千ドル(世界3位)
- ・時価総額5,260,789百万ドル
トヨタ自動車
自動車製造
- ・従業員390,927人(NVIDIAの約9.3倍)
- ・1人あたり売上795.4千ドル
- ・時価総額270,858百万ドル(NVIDIAの約19.4分の1)
日本にも1人あたりの高い会社はある。ただし規模が違う
日本企業だけを見ても、1人あたり売上が高い会社は存在する。任天堂は1,637.5千ドル(従業員8,666人)、キーエンスは561.1千ドル(従業員12,784人)、ファナックは524.2千ドル(従業員10,040人)で、いずれも人数を絞って高い1人あたりを保っている。ただし時価総額で見ると、任天堂65,295百万ドル・キーエンス113,338百万ドル・ファナック34,807百万ドルはいずれもNVIDIAの1%にも届かない。1人あたりの高さでは同じ土俵に立てても、規模では桁が違う。
従業員76,664人・石油
従業員57,900人・石油
従業員42,000人・AI半導体
従業員78,865人
従業員166,000人
従業員190,820人
従業員33,000人
従業員8,666人
従業員223,000人
従業員90,557人
従業員390,927人
従業員27,342人
従業員12,784人
従業員10,040人
従業員74,302人
決算期は会社ごとに異なる(例: NVIDIAは2026年1月期、Appleは2025年9月期)。時価総額・売上は取得日・決算期時点のスナップショットで、単純な同時点比較ではない
1人あたり795.4千ドル
1人あたり1,488.1千ドル
1人あたり2,111.1千ドル
1人あたり2,507.0千ドル
1人あたり1,341.1千ドル
1人あたり2,548.2千ドル
1人あたり5,813.1千ドル
1人あたり151.2千ドル
1人あたり5,738.1千ドル
1人あたり5,141.4千ドル
1人あたり1,936.0千ドル
1人あたり577.5千ドル
1人あたり561.1千ドル
1人あたり524.2千ドル
1人あたり1,637.5千ドル
1人あたり売上ランキングでは上位だった会社(NVIDIA・Saudi Aramco・ExxonMobil)が、従業員数では下位に来る。逆にトヨタは1人あたりでは中位だが従業員数では最大
この表を読むときの注意
・決算期が会社によって違う。NVIDIAは2026年1月期、Appleは2025年9月期など、同じ「2025年」でも対象期間がずれている
・時価総額は取得日時点の株価にもとづくスナップショットで、日々変動する
・売上と付加価値は別物。1人あたり売上が高くても、原価が高ければ会社が実際に稼いだ分(付加価値)は薄いことがある。第5章で見た石油精製業(出荷額は大きいが付加価値率0.5%)と同じ注意が必要
・従業員数・売上・時価総額は各社の年次決算資料にもとづく一次情報だが、雇用形態(正社員・契約社員・グループ会社の扱い)は会社ごとに基準が異なりうる
1人あたり売上
時価総額
決算期
付加価値(復習)
→ 次の第13章では、スイスの時計とフランスのブランドを見る。「スイスは時計の国」というイメージが、輸出統計では実はそこまで大きくないという発見から始まる。
スイスの時計と、フランスのブランド
このセクションの3点
① スイスの輸出の53.0%は化学・医薬品で、時計は8.78%しかない。「スイスは時計の国」は輸出統計では成り立たない
② フランスも同じで、輸出1位は航空宇宙(エアバス)11.05%。ヴィトンが入る繊維・衣類・革・履物は6.36%で8位にとどまる
③ 時計は「何を作るか」より「どの価格帯を作るか」で決まる。中国はスイスの40.4倍の本数を輸出して、単価はスイスの504.5分の1
「スイスは時計の国」は輸出では成り立たない
スイスの1人あたりGDPは115,620ドルで世界4位(2025年・IMF推計)。この豊かさを支えているのは何かというと、多くの人がまず思い浮かべるのはロレックスやオメガといった時計だろう。しかし2025年のスイスの輸出額(金・貴金属を除く総額2,869億9,800万スイスフラン)を品目別に見ると、時計は8.78%しかない。輸出の半分以上を占めているのは化学・医薬品で53.0%である。
| 品目 | 構成比 |
|---|---|
| 化学・医薬品 | 53.0% |
| 機械・電子・機器 | 18.29% |
| 時計 | 8.78% |
| 宝飾品 | 4.41% |
| 食品飲料たばこ | 3.56% |
フランスも同じ。輸出1位は航空機
フランスも同じ構造を持つ。フランスの1人あたりGDPは48,930ドルで世界27位(2025年・IMF推計)——世界のトップブランドを持つ国としては、意外と低い順位に見える。2025年の輸出額(軍需を除くFAB建て総額6,147億ユーロ)の品目別内訳を見ると、1位は航空宇宙(エアバスなど)で11.05%。ルイ・ヴィトンやエルメスが入る「繊維・衣類・革・履物」は6.36%で8位にとどまる。
| 品目 | 構成比 |
|---|---|
| 航空宇宙 | 11.05% |
| 農産食品 | 10.56% |
| 自動車 | 8.3% |
| 化学 | 7.86% |
| 機械 | 7.63% |
| 医薬品 | 6.67% |
| 金属 | 6.56% |
| 繊維・衣類・革・履物 | 6.36% |
フランスの1人あたりGDP48,930ドルは、アメリカ(89,991ドル)の半分強にしかならない。世界一のラグジュアリーブランドを何社も抱えている国でも、国民1人あたりで見ると、アメリカの半分強の豊かさしか作れていない。ブランドの知名度と、国を丸ごと豊かにする力は別物——これは第10章で見た「1人あたり×人数の積」という記事の芯が、ブランド大国にもそのまま当てはまる例である。
時計は「何を作るか」より「どの価格帯を作るか」
スイスの輸出における時計の比率は1割に満たないが、それでも世界の腕時計市場でスイスが特別な位置にいることは事実である。その理由は本数ではなく、値段にある。2025年のFH(スイス時計産業連盟)の統計で、輸出本数と平均単価(輸出価格)を国・地域別に並べると次のようになる。
| 国・地域 | 輸出本数 | 前年比 | 平均単価(輸出価格) |
|---|---|---|---|
| 中国 | 5億8,950万本 | -1.0% | 4ドル |
| 香港 | 9,400万本 | -3.9% | 49ドル |
| スイス | 1,460万本 | -4.8% | 2,018ドル |
| ドイツ | 1,210万本 | -4.3% | 169ドル |
| アメリカ | 1,120万本 | +5.7% | 151ドル |
5億8,950万本
9,400万本
1,120万本
1,210万本
1,460万本
単価は輸出価格であって小売価格ではない。中国4ドルからスイス2,018ドルまで、単価の差はおよそ500倍にひらく
中国はスイスの40.4倍の本数を輸出しているのに、平均単価はスイスの504.5分の1でしかない(5億8,950万本÷1,460万本=40.4倍、2,018ドル÷4ドル=504.5倍)。同じ「腕時計を作って輸出する」という行為でも、どの価格帯を作るかによって、稼ぐ金額は500倍以上変わる。これは記事の芯である「1人あたり×人数の積」を、1つの製品カテゴリーの中だけで見せてくれる、いちばん分かりやすい実例である。
ロレックスは、この記事のどのランキングにも出てこない
ここまで見てきた企業ランキング(第12章の1人あたり売上表)に、世界でいちばん有名な時計ブランドであるロレックスは1社も出てこない。理由は単純で、ロレックスは非上場企業(Hans Wilsdorf財団が所有)で、売上高も従業員数も公表していないからである。株式市場に上場していない会社は、時価総額という物差しそのものが存在しない。
| 企業 | 国 | 従業員数 | 1人あたり売上(千ドル) |
|---|---|---|---|
| Hermès | 仏 | 26,494 | 709.7 |
| Richemont | スイス | 39,601 | 650.9 |
| LVMH | 仏 | 211,000超 | 450.0 |
| Kering | 仏 | 44,000 | 391.9 |
| Swatch Group | スイス | 31,796 | 249.2 |
| Rolex | スイス | 非公表 | 非公表(非上場) |
上場しているブランドだけで比べると、エルメスはLVMHの約8分の1の人数(26,494人 vs 211,000人超)で、1人あたり売上は1.58倍(709.7÷450.0=1.58倍)ある。第12章のNVIDIAとトヨタの関係が、ラグジュアリーブランドの世界でも同じ形で現れている。そしてこの比較にすら入れない非公開の巨人がロレックスである。
おまけ: 1人あたりGDPランキングには罠がある(アイルランド)
この記事では1人あたりGDPのランキングを何度も使ってきたが、その順位をそのまま信じてはいけない国が1つある。アイルランドである。アイルランドの1人あたりGDPは130,652ドルで世界3位(2025年推計)だが、アイルランド政府自身が、GDPの一部を「自国の実体を反映していない」として除いたGNI*(修正国民総所得)という別の指標を作っている。
| 年 | GDP(百万ユーロ) | GNI*(百万ユーロ) | GNI*/GDP |
|---|---|---|---|
| 2016 | 275,805 | 173,142 | 62.78% |
| 2021 | 448,469 | 226,285 | 50.46% |
| 2025 | 602,441 | 333,971 | 55.44% |
2025年で見ると、GDPの602,441百万ユーロのうち、GNI*は333,971百万ユーロ。GDPの約45%が、政府自身の判断で「除かれるべき部分」とされている。2025年の1人あたりGNI*は61,183ユーロで、GDPベースの数字よりずっと小さい。この差が生まれる理由は、多国籍企業がアイルランドを会計上の拠点として使い、実際にはアイルランドで生産していない利益までアイルランドのGDPに計上されるため。1人あたりGDPの世界ランキングを見るときは、その国の数字が「実体を伴っているか」を疑う視点も必要になる。
この章の数字を読むときの注意
・スイスの輸出総額286,998百万スイスフランは、金・貴金属を除いた「Total 1」という区分の数字。金・貴金属を含めた総額とは別
・FH(スイス時計産業連盟)の輸出統計は輸出価格であって、店頭の小売価格ではない。実際に消費者が払う値段はもっと高い
・輸出本数には再輸出(一度輸入した時計をそのまま別の国へ再び輸出すること)が含まれる。特に香港は再輸出が大半を占めるとFH自身が明記しており、輸出本数=その国で作られた本数ではない
・スマートウォッチ(コネクテッドウォッチ)はこの統計から除外されている
・フランスの輸出統計は軍需を除いたFAB建て(輸出港での本船渡し価格)の総額
輸出構成
再輸出
GNI*(修正国民総所得)
多国籍企業の会計
非上場企業
→ 次の第14章では、この記事の中で見つかった私(Claude)自身の誤りと、データの限界をまとめる。
この記事で私が間違えて、直したこと
この章を最後に置いた理由
ここから先は、本文に書いた内容の訂正履歴である。公開前に別のAIと第三者役のレビューを入れ、そこで崩れた主張を直した記録をそのまま残した。
本文はすでに直したあとの状態なので、ここを読まなくても記事の結論は変わらない。どこまでが確かで、どこからが確かでないかを知りたい人だけ読めばいい。
この記事は公開前に、Sonnetによる方向性レビューとCodexによるクロスレビューの2回を通した。この章は、そこで見つかった自分の誤りと、この記事がまだ答えられていない範囲をそのまま記録する。
4件
Codexに指摘された私の誤り
19→14章
方向性レビューで削った章
2022年度
県民経済計算の最新年
2021年
経済センサスの調査年
Codexが見つけた誤り(4件)
誤り1(最重要): 「東京が高いのは本社機能」とは書けない
・総務省「令和3年経済センサス-活動調査」の利用上の注意には「事業所単位の付加価値額は、企業単位で把握した付加価値額を事業従事者数により傘下事業所にあん分することにより集計した」と書かれている
・つまり同じ企業なら、本社も工場も支店も、1人あたりの数字は同じ値になる。本社かどうかは元のデータに現れない
・言えるのは「東京には1人あたり付加価値が高い企業に勤める人が多い」までで、「本社機能があるから」は言い過ぎだった
・ただし内閣府の県民経済計算は別の統計で、企業の儲けは本社の所在地に計上される。この部分の話(東京の所得の6割が企業の儲け)は生きている
誤り2: 「沖縄が低いのは産業構成のせいではない」は言い過ぎ
・正しくは「産業を17分類という粗さで見る限り、構成の違いでは説明できない」
・分類をもっと細かく割れば、構成の影響はもっと大きく出る可能性がある。大分類では沖縄も愛知も同じ「製造業」だが、中身は食品と自動車で別物である
つづき
誤り3: 相関を因果として書きかけた
・「工場があるから豊かになる」ではなく「工場が多い県ほど豊かという関係が観察される」としか言えない
・相関は原因と結果を証明しない。この記事の数字はすべて「連動している」という言い方に統一した
つづき
誤り4: 石油レントの表で、国ごとの年がそろっていなかった
・クウェートだけ2020年の数値、他の国は2021年の数値のまま並べていた
・各国の数値がどの年のものか、表に明記するよう直した
方向性レビューで削ったもの
産業別の「構成のせいで差がついた分」と「同じ産業の中の差」を分けて計算した結果を、当初は「記事の最大の発見」と自分で名付けていた。これは撤回した。結論の1行(沖縄の低さの96%は産業構成ではなく、同じ産業の中の差で説明がつく)だけを本文に残し、計算の中身と重み・留保は折りたたみへ移した。
相関係数の数字そのものを見せる説明は、初心者には負担が大きいと判断し、本文は1行(東京を除くと、工場の大きさと豊かさは強く連動する)に圧縮した。
章立ては当初19章だったが、似た検証を1つにまとめて14章に減らした。
取れなかったもの・限界
この記事がまだ答えられていない範囲
・県民経済計算は2022年度が最新の全県データ。2023年度は42道府県分しか公表されていない
・経済センサス(2021年)と製造業の詳細データ(2023年)は、年がそろっていない
・経済センサスの付加価値には、固定資本の減り分・持ち家を借りたとみなした家賃・農家漁師・公営企業・政府サービスの分は含まれていない
・建設・電気ガスなど11の産業は、事業所ごとの売上を国が把握していないため、企業単位の数字を按分した値しか無い
・IMFの2025年の数字は、まだ確定していない推計値である
レビュー体制
方向性レビュー(Sonnet)は記事の骨格と、説明の重さが初心者に合っているかを見た。Codexクロスレビューは数値の出典と、論理が飛躍していないかを見た。この章の誤りは、その2回のレビューがなければそのまま公開されていた。
検証を経て残ったもの
2つのレビューを経ても、記事の芯は変わらなかった。1人あたりで稼ぐ産業は、たいてい人を雇わない。地域や国を豊かにするのは、1人あたりの稼ぎと、それを稼げる人数の掛け算である。
変わったのは、その芯をどこまで強く言えるかの範囲だった。